小幡敏の日記

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自衛隊の精神教育

陸上自衛隊には精神教育という科目があります。各部隊や教育課程には何の科目を何時間やらなければならないか定められた割当表のようなものがあるのですが、精神教育はこれに必ず盛り込まれているものです。

 

一般の方が「自衛隊で行われる精神教育」と聞けば、さも恐ろしげなものを想像するでしょうが、心配ご無用、精神教育というのは学校教育でいうところの道徳やホームルームと同じく、いわゆる「休憩」科目です。

 

それというのも考えてみれば当たり前の話で、自衛隊は軍隊ではなく、戦うことを目指しておりませんから、軍人としての心構えをわざわざ精神教育と称して施す必要は全くないわけです。

 

精神教育というのはもっぱら素人が自由気ままにやることになっておりますから、その内容も様々で、たとえばファイナンシャルプランについてだったり、社会人マナー講座だったりもします。

 

こうきけば驚かれるでしょうが、それが実態です。精神教育とは全くの名ばかり、魂なき自衛隊が「精神」を問題にすることは本末転倒ではあるものの、タブー視されているといっていいでしょう。

 

勿論、本来のあるべき姿にかえって精神教育を実施することもまた可能ではあります。私は少なくともそうしていましたが、そんなことをすると、休憩時間に急に変なことを言い出したやつがいると、変わり者扱いすらされるわけです。

 

どれだけ真剣にやったところで、これに聞く耳をもつ人間というのは限定的であり、精神教育というのは自衛隊では実質的な効果を全く消失しているといって差し支えありません。

 

ところで最近、元同期から精神教育を担当したが何を話せばよいか、助言を求められました。

 

私は現在暇もあることですし、発表用のスライド資料を作成し、提供しました。彼はそれをそのままの形で使用したそうです。

 

ここからがまた問題で、彼によればその教育の評判は大変よかったということです。特に、なんだかわからぬまま自衛隊に疑念だけ抱えさせられているまだ純真な陸士と、昔の自衛隊をしりながら今般の状況にこれまた疑念を抱いている年配の陸曹からは、強い反応が得られ、「その資料をくれませんか」や、「自衛隊生活でもっとも有意義な精神教育だった」などとの言があったそうです。

 

これは別段私の手柄を言いたいわけではありませんが、この資料というのも実を言えば酒を飲みながら一時間もかからずに作ったものです。ところが、彼らはこんなものさえ与えられず、30年も自衛隊で汗水垂らして働かされてきた、そこにかれらの疑念というものが解消される場はなかったということに国民は思いを致さねばならないのではないか。

 

私は常々強調しているつもりですが、自衛隊のとりわけ兵には心根の正しい、まったく好ましい人間がたしかにおります。そういう真面目で立派な人間が、誰からも救われず、誰にもその素朴な愛国心や公共心を認めてもらえぬまま退場しようとしているのです。

 

これだけをもってしても国民は万死に値する。精神教育が正しく行われないのは決して自衛隊の怠慢ではない。この軍隊に何の本義も与えられていない、そのことに存するのであり、これを改めるには如何にしても精神教育の対象となりうるような軍隊の存在理由が正当に提供されねばならないでしょう。

 

私は自衛隊にいた彼らほど好ましい日本人にはついぞお目にかかったことがありません。彼らは迷いながら生きようとしていた。あの子供のように綺麗な目に我々はどう応えてやるのか。そのことがわからぬようでは、この国にも国民にも、生きる資格はないのだと、私は何度でも繰り返し言いたい。