小幡敏の日記

評論を書いております。ご連絡はhaya.obata☆gmail.comまで.(☆を@に))まで。

国書刊行会佐藤今朝夫氏逝去

https://www.kokusho.co.jp/news/sp/2026/06/202606101158.html

 

昨日新宿近くの飲み屋でたまたま佐藤今朝夫氏の話になり、今もご健在か気になって調べてみたら今年の夏前にお亡くなりになっていました。

 

私は勿論直接の面識などありませんが、国書刊行会発行の本には多く触れてきており、福田和也の奇妙な廃虚なんかもそうですが、戦記ものにも良質なものが多く、国書刊行会から出ているというだけで信頼して買い求めておりました。

 

国書刊行会からは幾つかの戦記シリーズが出ておりますが、その巻末に佐藤氏の刊行に寄せた小文が収められており、それがまたバランスのとれた、冷静さと情熱を併せ持つ文章でした。

 

それに加え、これはだれしも同意してくれるものと思いますが、国書刊行会の装幀は実にすばらしく、本棚に置きたくなる本ばかりなのです。

この前出た横尾忠則のものなど、それ自体が作品といえる出来ですが、16500円と、おいそれとは手が出ない価格になっています…(それでも増刷したらしい、めでたいめでたい)

 

私もいつか国書刊行会で本が出せればと思っていますが、最近のラインナップをみるとなかなか難しそうですね。とはいえ、いつかご縁があることを願って精進したいと思います。

 

最後にあらためて、佐藤今朝夫さんの出版界への多大な貢献を称え、冥福を祈ります。遺された珠玉の本たちはこれからも大切に読ませていただきます。

嫌いな人

僕は三度の糞より村上春樹が嫌いなんですが、あんなUNIQLOの社長みたいな顔したおっさんの名前を冠してハルキストとか言ってる連中をみると、正気ですか、としか言いようがありません。

 

そんな悪口を言ってみてもどうにもならんですが、暇を持て余している人がいたら是非あれのよさを教えてください。あんなに議論される人もすくないですが、誰の何を聞いても、一度としてはぁなるほどなと説得されたことはありません。

 

三度ほど読もうと努力したことがありますが、あれほど薄ら寒い文章というものは他で出会ったことがない、とてもとても読んでいられませんでした。

 

まぁ、パクチーみたいなもんか。パクチー好きな人には申し訳ないが、カメムシ草なんて僕はお断りです。コリアンダーがパクチーのことだったこと、インドに行って初めて知りました。案外身近に知らないことは転がっておるもんですね。お恥ずかしい限り。

 

いや別に特に言いたいことはないんですが、三度の糞より村上春樹が嫌いといったらウケたのでちょっと文句垂れてみただけです。一日3度も糞しませんがね。

那須、福島旅行

最近はあっちこっちに飛び回ってますが、昨日今日と、那須と福島に行ってきました。

 

福島は大学の恩師がいるので毎年2回ほど挨拶に伺っていますが、稲刈最盛期にお邪魔してしまい、刈り入れの終わった田んぼで蛙やタイコウチを捕まえたり、芋掘りをしたりしていました。

あと、りんどう湖で手漕ぎボートがないことに憤慨し、南湖公園で意地の手漕ぎボートこぎをしました。

小さい頃から手漕ぎボートが好きで、多摩川のボート屋に機会を見つけては通っていたので、ボート漕ぎはだいぶ得意です。毎回ムキになって全速力で漕いでいるので、30分もやると手の皮が剥けますが、馬鹿なのでそれでもやります。なんであんなに楽しいのかわかりませんが、大嫌いなSUP連中をぶち抜いてやりました。あんなみっともないもんをやってるから頭がふやけちまうんだ。男は黙って手漕ぎボートにのりましょう。女は手漕ぎボートを自在に操れる男以外は相手にしちゃいけません。娘たちにはそれを説いてやりましたが、「ととみたいに必死に漕いでる人なんていないよ」と言われました。そうか、そんなら誰とも結婚できんな。

私は井の頭公園や昭和記念公園みたいなカップルですし詰めのボート乗り場で、女に漕がせたり、ヨタヨタうろうろ漂流しているボートの隙間を縫って猛スピードでボートを漕ぐのが好きな悪趣味の持ち主ですが、別にそれを自慢したいのではなく、だらしなさを自覚させ、説教してやろうとしているだけです。あいや、それがもうガキ臭いって?その通り、でもこういうことにムキになれるって、ステキやん。

そういえば多摩川のボート屋はとっくに潰れましたが、管理人のおっちゃんがいいやつで、空いてると時間なんかは大目にみてくれる人でしたが、あんなんもあがりを納めていたようで、時折恐い人が来ていました。小学生ながら、そんなもんかと思って面白がっていたのを覚えています。神社のお祭りでくじ屋の親父に金払うからエアガンをおくれといったら脇に停めてあったセダンに連れて行かれ、中に居たこれまた恐い人に、5000円でいいが払えるか?と言われ、黙って首を振ったのも小2か小3だったでしょうか。今のガキンチョ達はそんな経験もできないんでしょうかね、可哀想なことです。

 

それと、従前から触れ回ってはいますが、私は断固帰農したいです。

末の娘がまだ2歳なのでなかなか自由がききませんが、これがあと十年もすれば父親は不要になるので、田舎に空き家でも借りて私一人でも百姓をやりたい。

 

家内はそれで構わないと言っているので、止める者もありません。

想像しただけで清々します。そら田舎暮らしの苦労もありましょうが、都会、とりわけ東京にはもういい加減うんざりです。

 

明日の天気だけを気にして生きたいものです。

それにしても今日は久しぶりに天気もよく、気温も程よいのでバイク乗りがうじゃうじゃ湧き出していました。私もついこの間富士山のほうまで走って帰ってきましたが、今が最高の季節ですね。

乗れるだけ乗っておきましょう。

インド旅行

十日ほどインドに行ってきました。

今回はカルカッタ、ベナレス、アグラ、ジャイプル、デリーと概ねガンジスを遡上するように動きました。

 

もう四度目なので今更新しいこともないですが、いつだってあの国に行くと「運が悪けりゃ死ぬだけさ」という気持ちにさせてくれます。その実感が欲しくてわざわざあんな掃き溜めみたいなところに出向いているわけですが、そういう意味では此度も期待には応えてくれました。運が悪けりゃ死ぬだけです。

もっとも、カルカッタにつくなり諸事情により公園で野宿となったのには閉口しました。浮浪者とネズミ蠢くインドの公園で一夜を明かし、その後さらに2日風呂なし、飯なしという……。こういう時でも、自衛隊に居たおかげで案外なんとも思わずその時はやり過ごせますが、同行の学生2人はそれなりに呻吟してました。やはり、徴兵制は必要です。その後の道中でも学生らを見ていると実に注意が行き届かないところばかりで、「ああ、自衛官なら入隊一年目の陸士といえどこうはならんな」と嘆息しっぱなし。京都大学の教育なんかより自衛隊の教育の方が何倍も人を育てると確信します。

 

それと大事なことは、向こうは男も女も面構えがよくて、いかに汚くとも見苦しくはないことですね。それに引き換えこの国は、見るに堪えない面が犇めいていて、まったく、気分が悪くなってきます。なぜこうも卑しく醜悪な顔をしているのか。トランジットで立ち寄った韓国は聞きしに勝る整形大国で似たような作り物の顔が並んで気味が悪かったですが、日本は日本で草履で踏まれたような顔をしたやつが多くうんざりします。

 

いずれどこかでインドで考えたことを書くでしょうからここでこれ以上憎まれ口を叩くのはよしておきますが、アグラ(タージマハルがある街です。タージマハルには以前行ったことがありますし、好きではないのでアクバル廟に行きましたが、これまでインドで見た中でもっとも美しいところでした)で出会った善良なオートリキシャ運転手の話を少し。

 

彼はインド人には珍しく金を無心せず、無償の親切を振る舞う男でした。アクバル廟に着いて僕のリュックサックを預かると言うや、不安の色を見せた僕に自身のリキシャの鍵をよこし、「これなら心配ないだろう?」と笑いました。

 

マッチを切らせばスタンドに走ってくれ、走行風でタバコに火をつけるのに難儀していれば減速してくれる。当初の交渉で含まれていなかったところにも嫌な顔せず停まってくれ、余計の運賃を要求することもありません。そして、こういう運転手をインドで見つけるのは砂漠で泉を得るより難しいのです。それはインド経験がある人なら皆同意してくれるでしょう。

 

彼にインドの印象を問われたので、僕はこの国もこの国の人も大嫌いだが、今こうして四度も来てしまっているというのが答えだと伝えると、彼はにやりとして、こう言いました。

 

曰く、

 

インド人は進歩しない。バナナを食べれば皮を道端に捨てる、息をするように嘘をつく、ところ構わず痰を吐く、周囲の目も気にせず騒ぐ。だが、考えてみろ。日本はアジアで最初に近代的な大国となったが、今は下降している。代わって中国が大きくなったが、それも将来はきっと落ち目がくるだろう。しかるに、インドはそうではない。インドはインドであり続ける。進歩はない。それでいい。インドはいつもここにある。浮き沈みとは無縁なんだ。

 

なるほど、感心しました。僕は以前書いたことがありますが、19歳で初めてインドに行った際に似たようなことを思ったものです。この国は途方もなくでかいバケツだ。水が足されれば、それが満たされるまで発展拡大するだろう。しかしそれで終わりだ。あとは零れるだけだ。バケツの改善、バケツ自体の更新は行われない。だから普通の意味での「進歩」は起きない。それこそが近現代をあざ笑うようで痛快なのだと。

 

だからあの国ではあれだけ先進的なイメージが取り沙汰されながらも、モディはヒンドゥー復興を叫び、民衆もそれに従っています。老いも若きも(高等教育を受けたであろう身なりのよい者まで!)実に熱心に祈りを捧げている。僕にはそれがうらやましく思えてなりませんでした。

 

加えて彼は、こうも言いました。

 

インドはゴロツキだらけに見えるだろうが、それは違う。90%の人はイノセントなのだ。貧しいイノセントな人間が各々の水準で生きようと藻掻いているだけだ。1割の人間、特に政治家や財閥の腐敗はひどく、賄賂でどんなことでも解決できるし、みんなそれを知っている。しかし、それでいいのだ。仕方がないことだ。悪と戦おうとするから疲れて不幸せになる。仕方がないと思えば、疲れないし、おれは家族と幸せに暮らしている。世の中には悪も善もあるのが普通だ。自分が善の側に居られるならそれでよいではないか。

 

メイファーズに通ずるところがありますが、こういう大陸的な気分にはなかなかなれないものです。しかし、頭ではそれもいいなと思ってはいる。僕は喧嘩が好きだからそうもいきませんが、大抵の日本人にはこの方がよいのかもしれません。というより、事実こうして生きている者が多いが、このインド人と違うのは、悪を馬鹿にしたり、安易に自分を善に見立てたりしがちなことです。これはもう、宗教心がない子供の集まりだから仕方ないとも言えます。

 

とりあえず今回はこれくらいにして、最後にひとつ、真理を教えて進ぜます。疑い得ない、確かな足場を示しましょう。

 

「インドで見物できる最も軽薄で醜く、愚かな人種は日本人観光客、とりわけその若い女である」

 

……お粗末さまでした。

 

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岡林信康新譜

www.fuji-okabayashi.com

僕の音楽体験というのは偏っていて、基本的には50年代~70年代のポップス、ロック、フォークと、少しだけジャズを好んで聴いてきました。邦楽に関しては、これに加えて軍歌が好きなわけですけれども、クラシック以外は何でも聴くというほうが正確でしょう。クラシックだけは絶対に聴かない。なぜって? うーん、日本のクラシック好きが嫌いだからかな。はい、コーヒー好きが嫌いだからコーヒーが嫌いなのとおんなじです。本当はクラシックもコーヒーも好きなのは内緒です。ちなみに村上春樹は村上春樹好きが嫌いだから嫌いですが、村上春樹の文章も嫌いです笑

 

で、岡林信康。

僕は学生の頃岡林が好きで(左翼だったことはありませんが)、カラオケではいつも岡林の「チューリップのアップリケ」「手紙」「おまわりさんに捧げる歌」「それで自由になったのかい」なんかを歌っていました。

 

「ゆがんだサングラス」とか「橋」とか、なんで好きかと言われれば返答に困るんですが、下手な比喩なんかも別に馬鹿にする気はしないです、岡林に関しては。

 

十年ほど前に新宿で飲んでいたら隣に座ったじじいに絡まれて、カラオケBarでもなんでもないのに、「山谷ブルース」の話を振られ、ああ、知ってますよ、美空ひばりが来た中野のライブは良かったですよね、といったところ、じじい、感極まって一緒に歌おうと言ってきたのにはずいぶん困らされました。しかし、岡林はなぜかいいんですよね。

 

まだ現役で曲作りをしているのは知りませんでしたが、ファンとしては一応聴いてみたいと思います。

曲名を見る限りあまり期待はできないですが笑、岡林の魅力というのはそんなことで判断しちゃいかんですからね。

 

岡林とは全く関係ありませんが、最近はHIROSHIMAをよく聴きます。佐村河内じゃないですよ。いや、佐村河内とか水谷一平は大好物なんですが、そうではなくって、日系人バンドのほうのHIROSHIMAです。京都に居ると、不思議とこの亜日本感が馴染みます。京都がもはや純日本とは言えませんから。実に丁度いいわけです。

深大寺

この前お袋がそばを食いたいというので深大寺に行ったところ、なんだかよくわかりませんがババアしか居なかった深大寺界隈に若い女ばかりが歩いてるではありませんか。

 

どうもおかしいなと思いつついつも行く蕎麦屋に入って待っていると、若い女4人連れが入店するや、

 

「なにこれめっちゃ日本なんだけどー」

「超日本じゃーん」

「やばー、日本満喫してんじゃんうちらー」

 

と聞き覚えのない新種のヒスを起こしていました。

こちとらなにが起きてるやらちんぷんかんぷん。しかるに、七十手前のお袋はどうやら僕より事情通で、少し前に深大寺がどこぞのインフルエンサーに紹介され、それ以来この手の連中がゴキブリみたいに湧き出しているそうです。

 

僕は蕎麦道楽しませんがね、蕎麦くらい静かに食べたいものはないんです。邪魔されているだけでは悔しいので、

 

「なにこれめっちゃ蕎麦なんだけどー」

「この海老天超海老じゃんウケるー」

「そば湯こぼしちゃったんだけどーだるー」

 

と恥を忍んで言ってやりましたが、やつらはこちらにはまったく関心がありませんから、今日撮った写真か何かを見せ合ってキャッキャと騒いでおりました。

 

まじ卍

MKパワハラ

「どうなってるオラ!」「頭おかしいんかゴラ!」パイプ椅子までぶん投げて…タクシー大手「東京エムケイ」62歳オーナーの“台風”パワハラ(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース https://share.google/jDwuygZKKzpErrSKf

 

ドライバーに英語学習を指導していたのに成果があがらず、ゲッタッファッカウ、でパワハラとな。

だいぶおもろいおっさんじゃないですか。すごい、さすが指導するだけあってパワハラも英語だ。あっぱれ。

 

こんなんでパワハラとか言ってないで笑っていればいいのに。僕がその場にいたらめちゃくちゃ笑っちゃいますけど。