小幡敏の日記

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オリンピック

僕は昔から、オリンピックなんて男だけで陸上競技のみを全裸でやっていろと思っているから、東京オリンピックなんて誘致するころから反対していた。

 

今になって得意がるわけではないが、あの頃ほとんどの国民が誘致を歓迎しており、その開催が決まったときに喜んでいたことを、果たして覚えているのか。

 

それが今やどうか、明らかになった莫大な国民負担と、実際オリンピックなどにみんな興味がないこととの乖離が現実味を帯びてくるにつれ、手のひらを返したように白けた雰囲気がただよってはいないか。

 

だからいわんこっちゃない。世の中こんな事ばかりだ。そもそも、お役所が出す試算に収まる事業などほとんどないのだ。そして、日本の役所が実行するイベントがコスト面でうまくいくわけがなく、なにより、盛り上がるものがつくれるはずがない。こういうことに関して、日本人ほど下手くそなものはいないのだ。エンターテイメントに関して日本人は致命的に才能を欠いている。野球も球場運営含め、大リーグをまねし初めてからみるに耐えない陳腐なものになった。もはや薄ら寒くてみれたものではない。(勿論、オリンピックがエンターテイメントでなく純粋な競技会だというなら話は別だが、それならばあれほど予算がかかるのはなぜか)

 

日本人はすぐにやけになってこういう起死回生に期待するが、そんなものは病人に闇薬をうつようなもので、かえって死期を早めるのだ。

 

日本は怪我を負っているのではなく、多臓器不全か生活習慣病なのであるから、為すべきは外科的治療ではなく生活改善なのだ。

 

現代オリンピックなどといったことにうつつを抜かさず、やるべきことをなせ。

 

これは観光客の導入や移民受入、カジノ誘致など、最近のあらゆる自滅的政策にもいえる。そんなもので、期待した経済浮揚ができるはずもなく、かえって日本人の公徳心および国力長所を損なうのである。

 

要するに、損得勘定で金をもうけようとしてもうまくいくわけがない。そんなことは子供でも知っている。いや、知っていたというべきか。

 

いずれにせよ、日本人がもしそのありがたい日本国憲法が前提とするような世の中の担い手であろうとするのであれば、こんな醜い銭ゲバであってよいはずがない。

 

一刻も早く、諸国民の正義と公平を期待する、お人好しの乞食に戻らねばなるまいて。