小幡敏の日記

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馬鹿はみんな居なくなれ

さきほどかみさんと話していたら、こんな話を聞きました。かみさんもどこで読んだのか忘れたらしいですが、ある者が「ああ、馬鹿はみんな居なくなればいいのに」といったところ、傍らの人が「なにを言うか。馬鹿がいなくなれば君が一番の馬鹿になる。それでは随分都合が悪いだろう」と答えたそうです。で、御当人の方は、「なるほど、それもそうだ、これからはそんなことは言わないようにしよう」と応じたという。

 

 

そんな馬鹿な話があるか。

自分より賢い連中しかいない世の中など、天国じゃないか。

それならば安心してぱやぱや生きられるというもんだ。世の中のことなんか気にせず、好きなことをして暮らしてやる。

 

想像してみよ。息子連中が揃いもそろって能なしの洟垂れ小僧であるのと、皆分別のある勤勉で賢い兄弟であるのを。

後者なら安心して隠居できるが、前者なら老体に鞭打って働かねばなるまい。

 

息子が愚かだと知ったときの父親の気持ちたるや。

うちのかみさんですら言っていたよ、「小学生のころ、自分が人より優れていることに気がついた時はつらかった」と。「私がしっかりしなくちゃと思うと気が重かった」のだと。

 

そんな哀れな小学生を思ってもみてくれ。他の連中は呑気なもんだ、てめえの楽しみや苦しみに没頭してればいい。それをあいつは、自分の悩みや苦しみまで奪われて生きたんだ。

 

だからこそ、私が結婚する前かみさんに、「お前はもうものなど考えんでいい」と言ったとき、あいつはほっとしたし嬉しかったんだと。

 

してみれば、私などもその端くれで、馬鹿といわれりゃ嬉しい限り、ものを考えるなといわれたって、それでいいなら喜んでとしか思わんのですが、世間の人は考えることが偉いのだとでも思っているのでしょうか。

 

いやはや、そんな七面倒なこと、好んでやるこっちゃございませんことよ。悪いことは言わないからよしといた方が人生実りありますぜ。